みゆさんのブログ

すべての生きにくい人に寄り添うブログ

リア充について(ΦωΦ)

f:id:miyunekoclub:20170920224552j:plain

こんにちは~自他共に認める非リアのみゆさんですo(・ω・。)

リア充=リアルが充実している人々

世間的にはリア充というと、彼氏彼女がいて、友達がたくさんいて、仕事や学業が充実している人たちのことを指すと思われている。けれども本当はそうじゃなくて、リア充とは、スクールカーストの最上位に属している、又は元々属していたような”人種”のことを指すらしい(by古谷経衡さん著書「意識高い系の研究」文春新書より)。

 

スクールカーストとは、インドのカースト制をなぞらえた呼び名で、学校内の暗黙の階層・階級化を指す。🏫

 

ピラミッド型の頂点に立つ第一階級に属す人々は、容姿もファッションも良く、社交的でコミュニケーション能力が高く、異性経験も豊富で、学校空間を支配する層であり、とにかく目立つ。文化祭や体育祭などの際には率先してクラス、学年を牽引して盛り上げる。持論では運動神経の良い人も割と多いんじゃないかと思う。ただこの層は繊細さに欠ける人間が多いから、平気で人をからかったり馬鹿にしたり虐めたりする傾向もあるようだ。

 

第二階級は、第一階級に比べると明らかに容姿や社交性の面では劣る。しかし第一階級の人間ともそれなりに話も合わせられるし、彼らのファッションを真似たりも出来る、異性関係も少しはあるという点で、中途半端な層と言える。第一階級になれなかった学生生活の遺恨を大人になってまで引きずり、”意識高い系”の気持ちの悪い大人になりやすいのはこの階層だと言える。(古谷経衡さん著書「意識高い系の研究」文春新書参照)

 

最後に第三階級だが、これはもう第一階級の社交性や話題・ノリには全くついてゆけないばかりか、第二階級のレベルの社交性や異性経験もまったく持たない、学校空間の中での最底辺に位置する人々である。常にぼっちでいる人も多く、友達がいたとしてもそのグループはオタクグループ、雑魚グループと呼ばれたりして、第一階級からのみならず、中途半端な第二階級からも蔑まれたり嘲笑される対象になってしまうことが多い。ここの人たちにとって学校とは苦痛の場所でしかない。😭

 

つまりリア充とは、スクールカーストの第一階級にいたタイプの人たちのことであり、どんなに彼氏彼女がいようが、私生活が充実していようが、第二、第三階級にいた人間は本当のリア充とは言わないのである。

だから秋葉原にいるオタク系のカップル達はリア充とは呼ばないのだ。🤐

 

私自身は学生時代は第三階級に属していたと思う。一緒に行動する友達は常に誰かしら居たけれど、クラスではいつも”はじっこ組”だったと思う。真面目なおとなし目な人とばかり一緒にいたな。その方が居心地がよかったから。明るく話したり笑っていたことも多かったけれど、第一階級から見たら冴えないし、オタク・雑魚でしかなかったらしい。

しかし高校時代は何度か第二階級に属していたことがある。楽しく過ごせたこともあったが、やっぱり問題が出てきた。2人くらいの第一階級入りを目指している女たちが、私の独特な性格を嘲笑ったり批判し始めたのだ。当初からなんとなく居心地が悪かったのだが、もうゴメンだと思い、距離を置いてはじっこ組に戻った。😑

どんなに冴えない、地味、ダサい、雑魚と言われても、最底辺のグループに居たとしても、私ははじっこ組、ぼっちが心地いいと思う。そして世の中全体のそのような人たちが、学校でも職場でも生きやすい世の中になってほしいと思う。🌞

 

 

さて、現在私は某神奈川の観光名所で販売のパートの仕事をしている。いい国(1192)作ろうなんたらかんたら~にゆかりのある地である。⛩

私の働く所はとにかくリア充の若者が沢山集まるところで、鬱陶しくて仕方がない。💧

もちろん観光客の大人達も沢山訪れるけれど、10代・20代のパリピー、マイルドヤンキー、キラキラ系などのリア充のカップル・集団が、やんややんやと食べ歩きをし、時には浴衣を着て、通りを闊歩している。🍡

奴らは試食だけをして物をあまり買わないけれど、悪さをしているわけではない。むしろ礼儀の良い若者も多いのだけれど、なんかねえ、胸がザワザワするというか、なんとも言えない気持ちになるんだよね。若者の最先端を行っている美男美女率の高い超リア充たちばかり来られても、今までの人生で一切接点のなかった人種だし、興味もないし、何を話したらいいかわからないのよ。おそらく彼らの価値観とか人生観とか1ミリも共有できる部分はないと思う。学校時代の嫌な思い出とか彷彿させるからなのか、リア充の若者客が来ると心の中で「関わりたくない」「早くいなくなってくれ」と思ってしまう。💦

 

おそらく生理的に受け付けないんだと思う。リア充の若者を。(。-ω-)ノ

 

彼らに何も罪はない。一生懸命仕事とかも普段はしているだろうし、いい人たちなのかもしれない。それでもどうしてもダメなんだよ。あの雰囲気が。。。。💧

 

リア充と非リアは、生まれつき備わったものが全然違うまったく別の生き物なんだよ。心の底からお互いに分かり合うのはとてもむずかしい。非リアにとってリア充は宇宙人みたいなものなんだよ。👽🌠

 

こんな私は心に闇を抱えていると思うだろう。歪んだ性格の可哀相な人だと思うだろう。

 

しかし、私はこのように思ってしまう自分を受け入れている。歪んでいる自分を受け入れている。これが私なのである。

 

むしろ根が内向的で人見知りで閉鎖的な非リアの自分を気に入っている。ナルシスト気味になっている傾向は否めない。😑

 

そしてこのような人たちが生きやすい世の中に段々となってきていると思う。昔は非リアとかオタクは本当に肩身が狭かったけれど、今は居場所が沢山出来た。これはうれしいことだと思う。ひと昔前のようなリア充至上主義は崩壊に向かっているんじゃないかと感じている。世の中が多様化してきているからだ。これはとても良い傾向だ。どんどん多様化が進んで、人間一人一人が違うように、一人一人の人生もそれぞれ違うということが当たり前の通念になってゆけばいいと思う。🙏