目立ちたい、愛されたい、認められたい、の欲求は苦しい( ꒪⌓꒪)
こんにちは、みゆさんです。(*´д`)o
すいません、なんだか全然テーマと関係のない”清正の井”を画像にアップしてしまいましたが、なんとなくあったので貼り付けました。まあテーマが人間の業みたいなものですから、それを清めるものとしてはこの画像も合っているのかも知れません。どうぞ癒やされてください。👼🏼
さて、いつもどおりブログを始めるとするかな。。。
はあ~、いつも結局はさ、「目立ちたい」、「愛されたい」、「認められたい」の三大欲求にいつも振り回されて生きているんだと思うんだよね。💧
人生の初期の段階で、つまり子供時代にこの3つの欲求をしっかりと満たされていないと、大人になってもいつも何か満たされていない不充足感に常に苛まれる人生になるんだよ。💨
私の場合人生の初期の段階がけっこう過酷なものだったから、人間に対する基本的な信頼や世の中が安全であるという安心感がストンと抜け落ちたまま大人になってしまったわけだよ。
自己肯定感がまったく育っていない。私は恥ずかしい存在だ、私はダメな子だ、私は弱い子だ、私は自分の本当の感情や言いたいことを言ってはいけない、と真の自分を押さえ込んで自己否定しながら子供時代、思春期を過ごしてきたに違いない。
しかしそのままの人生ではあまりに辛いから、目立ちたい、愛されたい、認められたい、という気持ちが心の底から強く湧いてくる。
これらの欲求を満たすためにあらゆる言動をするのだが、すればするほど周りの人間からは馬鹿にされたり蔑まれたり無視されたりすることもあった。😢
それは自分の根底に自己否定の心があるから、自分自信を嫌って恥じているフィルターで世の中を見ているものだから、周囲の人間がそのように見えてしまっていたのかもしれない。
目立ちたい、愛されたい、認められたいの欲求に枯渇している状態はずう~っと今の今まで続いているような気がする。
今までの人生の中での自分の行動はすべてこの欲求が根底にあったんだと思う。
就活もギリギリまでろくにせず学校卒業間近で、新卒なのに中途採用の応募で輸入楽器の総合商社に就職したのも、その会社を4年で辞めてカナダへ留学したのも、英会話スクールで講師になったのも、フリーで働きたいがために正社員の道を選ばずに非正規の仕事をしながら資格取得のために色々な勉強をしていたのも。。。
そして40になっても結婚もせずに世間的にな「真っ当ではない」行き方をしているのも。。。👽
すべて人とは違っていたい、世の中で埋もれていたくない、注目されたい、悪目立ちでもいい、というような歪んだ欲求があるからなんだと思う。
企業の正社員になって、歯車の一部として組織のヒエラルキーの中にはめ込まれるのなんて真っ平だ、1人で自分で仕事をしたいんだ、という独りよがりの気持ちがある。
四十路の女で独身で子供もいない、非正規で働き、1人暮らしに挫折し、実家に戻り寄生する。💀
世の中的には居て欲しくない、邪魔者扱いされる存在なのかもしれない。
このような人生になってしまったのも、やっぱり目立ちたくて、愛されたくて、認められたいという底なし沼のような欲求が満たされてこなかったからなのだと思う。
自分が愚かな人間だというのは百も承知だよ。
世の中に私のような人間は沢山いると思う。しかしこのような人間は存在しないことになっている。男性はともかく、とりわけ女性はタブー視されているような気がして、メディアでもあまり取り上げられない。触れてはいけない存在、社会のブラックホールなのだ。🌌
でもどんなに現代の社会の中で役立たずと言われても、私は自分で仕事をやりたいんだ。不器用で賢くないから上手くやってゆくには時間がかかるかもしれないけれど、自分で価値を作り世の中に発信してゆきたいというのは本音である。
私と同じように生きづらい、リア充のようには生きられない、魂が孤独で、それでも心優しい人が自由に平和に生きてゆける社会になるように貢献してゆきたい。
男はこう生きるべきである、女はこう生きるのが当たり前である、という強固な前時代的なイデオロギーは今の時代には適さない。
1人1人が「自分らしく」生きてゆける時代に徐々になってきている。
だから表題の、目立ちたい、愛されたい、認められたいの欲求をプラスの方向に持って行って、自分のような人たちがもっと日の目を見れるような世の中にできるように、非力ながら頑張って生きて行こうと思うよ、老体に鞭打ってね!
みゆさん ヾ(。>﹏<。)ノ゙
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