自分自身への慈悲の心~セルフコンパッション~(=´∀`)
こんにちは、みゆさんです( ̄∀ ̄)
私たちは、自分の大切な家族や友人などに対しては、色々なことがあっても、常に相手の良いところも悪いところもまとめてゆるし、多少なにか問題が起こったとしても、仕方がないなあと寛大にゆるすことができる。
しかし、これが自分自身になると、途端に自分はできない、自分はダメなんだと、自己を責めてダメ出しし、厳しく批判するようになる。
私たちはもっと自分自身に対して慈悲の心、すなわち「セルフコンパッション」を持つことが必要なのだという。
よく一般的な自己啓発のセミナーやブログや書籍などで言われることは、「セルフエスティーム」という自己肯定感、自尊感情と表現されものを持つことが大切だということだ。
しかしここでいう「セルフエスティーム」と「セルフコンパッション」は少々意味合いが違うようである。
世の中に出回っているセルフエスティームのセミナーなどでは、「自分の良いところを探そう」ということである。
しかしこれには大きな落とし穴があり、良いところというのは、どういう基準で良いところと認識するのかというと、それは他者と比較することで、相対的にしか評価できないものだという。
つまり自分よりも劣っている人をみて初めて「ああ自分はこの点が優れているんだ」と気づくということである。
他人を見下して優越感に浸るということなのである。
そうすると、そうやって自分を高めて自分を満足させようとすると、今度は「無限に努力し、無限に自分を高めなければいけない」という落とし穴にはまるのだ。
自分ができないところを見つけては、自己批判に陥るし、少しくらいできても自分はまだまだできると叱咤激励し終いには疲労困憊してしまうのである。
セルフコンパッションというのは、このような際限なく自分を高めようとしたり、あるいは自分より下の人たちを見て安心するようなことで自己を確信しようとすると、決して幸せにはなれないという考え方である。
もっと自分自身に優しくして、慈悲の心を持ち、ゆるし慈しみましょうということなのだ。
セルフコンパッションの基本的な考え方は:
- 自分に対して厳しく批判的な態度を取らずに、自分に対しても優しく思いやりを持つ
- 自分と他人の違いにフォーカスするのではなく、色々な人が持っている共通の事に焦点を置き、孤独感や苦しみではなく、他者と繋がってるという感覚を持つ
- 今この時を自分でしっかりと感じるマインドフルネスを習慣とする。特に苦しみについて、それを無視したり、逆に誇張したりしない
(引用元:勝間和代サポートメール「セルフコンパッションについて学ぶ」より)
大切なのは「良いところ探しをしない」ということで、人は自分の良いところ悪いところを見つけようとすると、どうしても他人と比べてしまう。
また他人と比べてじぶんがより劣っていることがあると考えると、そのことで自分に対して批判的になってしまう。
とにかく自分に対しても他人に対しても徹底的にジャッジを加えないということが重要なのである。👓
自分がなにかの分野において、全体の人々の中でどれくらいの位置にいるかとか、どれくらいのレベルにいるか、などと考えること自体が無意味であり、否定するべきなのだ。
そして自分が自分の親のように慈しむ、つまりどんな時でも自分自身を慰め、自分自身をぎゅっと暖めてあげるような気持ちで、いつでも自分が自分の100%の味方になってあげることである。🐶
なぜか私たちは自分のことになると、なにか間違ったことや失敗したことについて、すべて自分が悪いと信じ込み、自分のなにがいけなかったのかと、とことん考え込んでしまう。
しかしそれは環境のせいかもしれないし、偶然のせいかもしれないし、自分以外の要因でおこったことかもしれない。
いずれにせよ本当は何が原因で起こったのかわからないようなことに対して、クヨクヨ悩んだりすること自体がムダなのである。👋
「他人を見下すことで、自分を高める考え方をやめる」、「自分ができないことに集中しすぎない」、「自分自身を批判し続けるのをやめる」。
自分の一番の味方で理解者は自分しかいないから、もっと優しくしてあげようと思う。
みゆさん(・ω・)ノ
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